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空気読め?日本人の宗教は その2 [雑感]

空気読めよ~。日本人の宗教観とは。なんでもにっぽん教!
http://anyuko.blog.so-net.ne.jp/2012-06-03
を簡単に、ざっくり現在の解釈をまとめてみました。みたつもりなんですけど、また色々つなげたくなるし、はしょるしで余計わかりにくいような。
プロは内容をいかに制限をしていくかがプロとのことらしいのですが。プロじゃなくすみませんm(_ _)m


日本は資源がないなんて言われるけど、それは近代経済の話で、まずこれが前提[↓]

[新月]土地が豊かだから、そこで一生懸命農耕すれば自給自足して食べていけるはずだと遺伝子に染み込んでる。野生のニホンザルみたいにリーダーはいらない集団だった。

そして、絶対的な存在に従うよりも群としての嗅覚に従えば間違いないという経験則が身についてる。(それが『空気を読む』能力につながる。)


それでも決定が必要な時は、カシラが利益を調整するというカタチをとる。当然まとまらないことが多いので、日本の典型的な会議しかり、議論のスキルはないので、利益調整の根回しのもと、あらかじめ作ってあった結論に従うことが必要になった。『まず結論ありき』の会議。理知的な少数派の意見より重要。

議論しなくても利益を享受できるから、決定はまかせておけばいい。基本、自分は場で勤勉にしていれば食べていけるのだから。

だから、自分たちが主体として動かなくても利益分配してくれるカシラを求めてる。
自分では考えられないから、勤勉の場を与えて、コントロールしてくれるものを求めてる。

このこびりついた思考パターン、行動様式が『日本教』なんでしょう。

自民党時代も、日本は最も成功した共産体制と言われてたけど、こんな利益分配が可能だったところからかな。
ポピュリズムを発揮する政治家は「みんながそう言ってる」を優先し、最も日本的だと思える。


だから、活断層しかり、絶対より相対の国日本!共産理論発揮。
「科学」という絶対よりも「皆の利益が優先」されるべき。地元がいうから。
そんな理屈の方が日本人の感覚に近いから民意が得られ易い。
目的がいつの間にか組織を維持する為、組織に忠誠心を示せることにすり替わっても自覚出来ない。

確かに一部で債務超過になる。
そしてどこかが儲かるとトリクルダウンで皆が潤う、と米国で否定してみせても、日本では今だに本気で信じているのも日本人の共産的な感覚に合うからなんだろな。どこか平等性が保たれると感じるや否やそちらになびく。

この思考パターンは日本をどこへ導くのかしら。



現代でも体験しているけど、昔はもっと「ふわっとした」「みんなそう言ってる」で動いていた群れだった。キリスト教伝来によって、絶対の概念が入りこんで、やっと国家の体裁を成したらしい。

国家の体裁を成したのが神道による原理主義だから、「前後レジームの脱却」とやらは、国家の心理的成立当初に回帰を望む無意識が、原理主義を必要としているのかなとも思えてしまう。

勤勉にしているのに身動きが取れなくなって不安要素が強くなると、コントロールと勤勉性を発揮させてくれるものを強く求めるので、原理的な要素が入り込み易く、あんな風に戦争に邁進していってしまう。。

不安でも、ある程度は平和で勤勉が成功につながっている状況では、基本的にリーダーが絶対だと思ってるわけではないので、上から目線で懲罰を行うんでしょう。ボスではなく基本平等だから。資本主義のサービスの概念がその感覚にマッチして後押ししているからまた。そして、勧善懲悪物語の爽快感が染み込んでいるからまた。スカッと感で誤魔化さないと気分が上がらないかのような中毒者も見かけるし。


全く、この思考パターン=民族性は日本をどこへ導くのやら。

そして、この民族性は、本来、繰り返し繰り返し再生してくれる命の芽吹きがあるからこそ、成立するもの。
経済は繰り返し不能なのに…。先送りというトリックの中で無限という幻想を見せてくれるだけ。

なのに、日本は
・農業の衰退(選挙が終わったら経団連優先)
・遺伝子の断絶(国土強靭論の名のもと種を蒔く)
・人の断絶(自然発生でもあり、帝国主義的手法でもあり)


こんな昔話は今の話かもしれない。

山姥からお礼でもらった反物は毎日毎日お米を出してくれてくれました。
ある日、この反物の中にはさぞかしたくさんの米が入っているのだろうと思って、切りきざんでみましたが?

もう、切り刻んだら出してくれない。

そして、私もまた「ふわっとした」誰かに任せておきたい感情に支配されていて加担してる。

疲れた。




小室直樹宗教「日本教」①

絶対より相対の国。皆が困るで通る。これは正に教義でこの論法が民意を得易いという悪循環にある。社会学者、小室直樹が同調圧力への弱さや勤勉性にすがる特質を『日本教』の信者だからと定義づけ戦争に突入した理由を明確にしています。
http://youtu.be/svBTxN82pVA





[覚書追記]
① 決して自虐ではなくて文化。日本は支え合う意識が身についてる。カウンセラーがいらない。
(河合隼雄)阪神大震災当時

② 対立しない文化は誇っていい面も。対立して出る答えは正しい答えではなく強い者の答えだから。(河合隼雄)
分け隔てなく与えられるべきという母性社会。
権利や宗教など、絶対的なものの持つ危険性をあいまいにくるめる利点と、絶対的なようなものをあいまいに絶対たらしめる危険を持つ。

③ 自立するには大がかりなイニシエーションを必要とする(河合隼雄)個の自立を目指すのは西欧的発想。

④ ひとりひとりは
場によって役割を勤勉にしていれば生きていける [自分dividual]行動パターンvs 絶対神と契約するので分断出来ない[個人individual]の西洋心理に基づいた行動パターン、でともすると矛盾がでる。(絶対神との契約による分離が民主、立憲主義などの近代システムの発想の礎。)この矛盾は大局的な発想に必要。(平野啓一郎著書参考)

⑤ 誰も責任を取らないのは日本的思考パターンでは当然。なのに勧善懲悪のスカッと感で気分を誤魔化すパターンも蔓延。釈然としないけど、しょうがないとも思ったり。だからこそ勝馬に乗りながらの鉾先は、よりスカッとする方向に。そして罪を自らのものとして内包する日本的な面も失いつつあったりと。。矛盾が発生。

⑥ 懲罰の爽快: 原発事故の原因も電力会社ではなく、時の政府が起こしたという構図が民意を得ると踏んでいる。
古来より時の権力はまつろわぬものを鬼(内包できない他者)として退治しその行為を物語で正当化している。治安維持法がまさにそれ。そしてまた。

⑦ 自分達の性質を知らなすぎだから、繰り返す。日本教基督教派があるだけだったり無自覚なのも特質。農耕民族は日和見が正解。時制に弱い特質を持つ。リベラルを弾き『肉屋を讃える豚』の姿は私たちの根っ子にしっかり繋がっている。前回も反対しているはずなのに、何故戦争に?という疑問も検証した方がいい。

⑧ この国の民族性の濃淡は活路。そして
『二国に分断して支配する』のが帝国主義のセオリー
現実的って何だろう。戦争や原発はどれだけ非人道的だろうが、世界中で最も大規模なビジネスとして世の中を回しているのが現実なのだから、そういう意味で最も現実的。細かい金の話も結局そこに集約される。
[事実]を誰かが困るという道筋をつけた[解釈]に変換すればいい。戦争が無くなれば兵士が失業するから必要だという具合(日清戦争)。正当に人権を保障し自然を保護するならば高くつくはず。代償を何処かに押し付けるから美味しいビジネスとして成り立つ。廃棄物は元植民地に棄てられる。どんなビジネスか見たくない。勤勉も盲目を産む。無知が美徳の日本人的特徴。多国籍企業「バナナと日本人」より  

足元を支えるのに懸命だからこそ長い視点が持てないもの。足元よりも長い物が見えるもの。その違いなだけ。
民度を利益分配の尺度にしてよい?リベラルはその視点の長短の融合から産まれるはず
ニコ論壇2012「現代日本の思想~民主主義からネットまで~」 東浩紀×片山杜秀×萱野稔人×宮台真司 http://t.co/hEQ20oQE

⑨ 米を無限に出す反物は母なる大地、無限性を持つ「母性」の象徴。【短い災害と長い恵み】の記憶も刻まれる。津波も火山の噴火も一瞬我慢すれば農業に恵みをもたらし、リセットがかかっても確かな再生を約束していた。…火山の噴火を戦争に置き換えていやしないか?

人間には[母]はいつでも許してくれる、無限だという幻想も染み込んでいる。
これは(心の支えという強み)を産みながら(何をしても許されるという甘え)も産んでいるのだろな。



<リンク>オピニオン
経営における父性と母性(前編~
母性回復のマネジメント2009年11月06日井上岳一

日本的なものの実態は(日本教)(母性原理社会)と学問の分野別に名前を変えて様々にアプローチされてますが、このリンク先が手っ取り早くわかるような。周知の話と思いつつ一応。


(10)河合隼雄氏 (心理学者。元文部科学省長官) 日本は相対の中で生きる母性社会であるからこそ、絶対的な中心を持ちにくく中空構造になる。
■河合は日本が中空構造に気がつかなかったり、そこにむりやり父性原理(契約に基づくトップダウン)をもちこもうとすることに警鐘を鳴らしましたが、まさに今ここに、その状態がありそうです。
明治の統一も民主主義を導入した近代化も天皇の政治利用によって成し得た日本は、過激な市場原理によって相互扶助する共同体ではなくなりつつあるからこそ、原点である戦前天皇制の全体主義に戻るのは当然という感覚がありそう。    「日本は政教分離されていない」
まさに小室直樹の指摘通りなんですね。北も戦前天皇制も原理主義に相和する[父性の強い]基督教がモデルですが、基督教圏で育まれている【人権思想】は、空気という「道徳」しかない[母性の強い]日本では容易に弾かれ、邪魔だという最悪の状態です。例えば、特攻。責任という理よりもあいまいな情がそれを加速させる。河合の警鐘通り、中空に中途半端な「父性」が発露されているようです。
そして、そのまま性善説が崩壊したままの市場原理主義にのまれていくのでしょうか。


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noga

小異を捨てて、大同につく。
大同がなければ、小異にこだわるしかない。
小党の乱立、小粒な小人の争い。

あるべき姿は、非現実の内容。頭の中だけの世界。
その内容を人々は求めているか、それとも無視しているか。
時制があれば、非現実 (未来と過去) はその存在を認められる。
日本語脳のような時制の無い脳裏では、非現実の内容は現実の中の真っ赤なウソになる。

自分自身の世界観を持ち、日夜、それに近づくために努力している人は信頼できる人である。
辻褄が合わせられないと、その内容は空想になる。アニメ・漫画の世界になる。
それを語る人は、つかみどころのない人間である。信なくば立たず。
場当たり的な発言を繰り返す日和見主義者となる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/


by noga (2012-12-28 09:00) 

あゆこ

nogaさん
詞のようなコメントに戸惑いましたが、思いつきを並べただけの日記に反応ありがとうございました。
リンク先も拝見させていただきました。時制の話から、山本七平に司馬遼太郎、日本人の外交の特徴などなど。興味深いです。「にこにこ我慢していると思いきや譲歩してあげてるだけなので突然起こり出す。」あり得ますね。自分の姿かも。時制がないことで、都合のよい世界も構築されやすいんですね。
信なくば立たず。日和見で反骨心を物語とわらべ歌で解消した過去の日本人の姿をなぞっているだけということ。はい。そこまでもいってませんが。
by あゆこ (2012-12-28 10:08) 

あゆこ

物語の世界に入ることを創造的退行と位置づけるのが西洋的な心理学。言葉に出来る世界のつじつま、矛盾を再構築する効用を認めながら、退行という言葉を使う。日本は現実は内面の現世うつしよ、というくらいだから、内面世界の重要度も異なりそう。良し悪し、進退で括るのは母性が許さなくて〜。どちらにしても清濁を呑むところに構築があるんでしょうね。
by あゆこ (2012-12-28 12:26) 

春分

科学と論理と独自性が好きですが、案外日本的なものも好きで。
日本式は一つの一貫したやり方だと思います。
絶対的な論理に囚われない柔軟さ、合意を目指す見捨てない姿勢。
時間が掛かるから時々ダメダメに見えるけど、少なくとも様々な
考え方がしのぎを削ったグローバル市場で一人勝ちしたくらい強い
思想だったわけだし。遅さを調整すれば良いのかも。Webとか使って。
論理や絶対性も取り込んじゃえばいいし。それでこその日本教だし。
国内農業をうち捨てるかはまた別次元の話題かな。
平均年齢65才で出来る農業を作ったことを百年後は評価するかな。
ケルトの戦士はつまらない誓いを立てて守ったらしいですね。
横になって眠らないとか、トイレ後に手を洗わないとか(これは嘘)。
日本のじじばばを背負って生きる誓いを立てようか。
戦士じゃないから、やめておくか。

by 春分 (2013-01-01 14:04) 

あゆこ

春分さん

>絶対的な論理に囚われない柔軟さ、合意を目指す見捨てない姿勢。
☆見事に言い表してます!
日本的な強みをどう活かせるのか。宮台真司さんのいう
(政治に任せて文句を言う社会)も日本的な部分から発生してるし、参加型だとそれでは遅いとつぶされる。周辺の各国が危惧するように民意じゃないのに暴走に歯止めを作るリベラルな政党も出てこれない。
強みを活かせない弱みを知ることが大切なのかな。二律背反だからこそ。

コメントでふわふわした日記に輪郭が出てきたみたいです。

ケルトの戦士は立って寝るつもり
だったのですか。背負うのも想像だけで容量オーバー(°_°)

動き過ぎがたたって最近は普通に振る舞うのも容量オーバー気味なもので。蛇の様に脱皮したいもの。
by あゆこ (2013-01-04 09:07) 

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